さっさと書いちゃおうかな~と思いつつ、今回は旧作について書いてみます。
「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」は1979年にTV放送された後、1981年に劇場公開されました。劇場での公開は「ヤマトよ永遠に」との併映でした。
特徴としては、松本零士氏が銀河鉄道999の劇場版の制作に関わった影響でほぼ関与せず、西崎義展氏が主導したことが挙げられます。安彦良和氏が関わった最後のヤマトでもあります。
まず凄いと思うのは、物語が白色彗星帝国との戦いの一ヶ月後から始まることです。ブラックですね~。登場人物に年を取らせたくないという思惑があったそうですが。
あらすじはこんな感じ。
- ガミラス帝国再興のために艦隊(どっから出てきた?)を従えたデスラーがガミラス星(ヤマトによって滅亡済)に向かう。
- ボロボロのヤマトが地球に戻った一ヶ月後、古代達が退院するメンバーをお出迎え。ヤマトも修復済。英雄の丘で徳川の息子と遭遇。
※戦死した乗組員へ黙祷する場面が良い。 - 北野他、新たなクルーを迎えてヤマト出航。新人がいろいろやらかす。坂本率いるコスモタイガー隊も合流。古代の鉄拳制裁。
- 18ヶ月と23日ぶりにガミラスに帰還するデスラー(意外と細い)の回想。ガミラスで採掘している謎の勢力を発見して攻撃開始。暗黒星団のプレアデス登場。
- デスラーの攻撃でガミラス星消滅。ショックを受けるデスラー。(あんたのせいだよ)
※母なる星を傷つけられたことに怒って自ら星を破壊って・・・ - ガミラス星が消滅したことがきっかけでイスカンダルが暴走開始。主犯のデスラー達が追撃する。
- 暗黒星団は戦争するためにガミラスとイスカンダルの資源(ガミラシウムとイスカンダリウム)が必要らしい。
- ヤマトは火星付近で訓練中。北野がやらかす。坂本と一緒にパンツ一枚で罰走。
- 暴走中のイスカンダル地表はハリケーンが来てるような状況。主犯のデスラーが救助を申し出るもスターシャに断られる。イスカンダルはマグマの噴出で速度を上げてワープ
- デスラー、古代に連絡。ヤマト、イスカンダルへ。7日で到着するらしい。
※旧作のワープシーンは良い。 - イスカンダルは重力星雲へ。重力に捕らわれると脱出できないかもしれないらしい。
- デスラーがスターシャを説得中に暗黒星団との戦闘開始。デスラー艦隊半数に。
※壊れた第二砲塔があっさり復活 - デスラーのピンチにヤマト登場。同じ失敗をしない北野。主砲のビームが太い。プレアデス以外全滅。いつのまにかヤマトの名前を知っているデーダー。
- プレアデスには主砲が通じない。波動砲のことも知っているデーダーはイスカンダルを背にして波動砲を撃たせない。
- イスカンダルが再び暴走したことで射線から外れて波動砲でプレアデス撃沈。デスラーは荒波に揉まれている。波動砲半端ない。
- イスカンダルを追うヤマト。いつのまにか宇宙に出ていたデスラーと再会。古代守、スターシャとも再会。通信中に自動惑星ゴルバ登場。
- 古代はメルダーズと通信。暗黒星団はどこかと戦っているらしい。ガミラス星を破壊された恨みを晴らすべくデスラー攻撃開始。
※破壊したのはデスラー - 三段空母が轟沈してデスラー艦隊は残り1隻に。デスラー砲を発射するもゴルバには通じない。ゴルバはイスカンダルを攻撃。砲口に艦ごと突入するデスラー。古代に波動砲を撃てと懇願。
※いつのまにか消えている北野。 - スターシャが制止して古代守と娘のサーシャが脱出。スターシャは自爆してゴルバを道連れに。
- 霊?になったスターシャから古代達とデスラーへメッセージ。
旧シリーズのヤマトの伝統ですな。 - デスラーとの別れ。お互いの艦の甲板上に立って会話。
※デスラーは宇宙服なし。 - ヤマト、地球へ帰還。
まぁ、今の目で観るとツッコミどころ満載ですよ。一番悪いのはデスラーですし、双子星の片方がなくなって星が暴走するとか、マグマの噴出でワープするとか、いくら場所が変わったとはいえイスカンダルまで半年かかったのが7日で到着とか、笑ってしまいます。あまり深く考えて観てはいけない内容です。
その一方で、音楽は素晴らしく、新人クルーの登場と成長は評価できます。次作へのつなぎとしては悪く内容でした。デスラーが(活躍の仕方に大いに問題はありつつも)主人公みたいな立ち回りをしているのも良いです。
だがしかしで、次作の「永遠に」は松本零士氏が主導した結果、「新たなる旅立ち」に出てきた新しいクルーがいないことになったり、設定も辻褄が合わなかったりで、観なくても問題ないものになってしまったのが旧シリーズにおける致命的なミスの一つだと思います。
西崎義展氏と松本零士氏の争いとか、ファンからしたらどうでもいいんですよ。エゴを作品にまで出して質を落とすのはプロの仕事ではない。
ある意味、ヤマトの旧シリーズがダメになり始めるきっかけとなった作品であると言えるかもしれません。金太郎飴みたいな仕事しかしない松本零士氏よりは、デスラーを主人公とする展開を考えていた西崎義展氏の方が、人格はともかくとして、作品の作り手としてはまともだったのかもしれませんね。
個人的に驚くのは、高評価をつけたり、「さらば」の続編じゃないという点で低評価する人がいること。前者はともかく、後者は・・・何なんでしょうか。確かに商業主義に走ったと思われても仕方ないです。だがしかしで、視聴率20%以上だった「ヤマト2」を知らないというのはどうなんですかね。高評価も含めて、判断や評価の基準というか、レビュワーとしてのレベルについて考えてしまいます。
次回はいよいよ?2205の感想を書いていきます。11/8より前に書いちゃうかも。かなり辛口に書く予定です。
ほなほな。